自閉症の息子、忠さん(ちゅうさん)と、その母親の日常を描いた映画『梅切らぬバカ』。決して特別ではない、当たり前の日常を大切に過ごす母と子の心情は嘘がなく、とてもリアル。今作で忠さんを演じた塚地武雅さんにお話ししてもらいました。
自閉症のことを知ってから、見る目がガラッと変わりました
■映画『梅切らぬバカ』は、自閉症の息子と、その母親を描いた物語になりますが、決して障がい側だけに寄らず、健常者側、どちらもものすごくリアルに描かれていますよね。個人的な話で申し訳ないのですが、私の息子が知的障がい者であるからこそ、本当に共感ができて、泣いてしまいました。
「ありがたいです。この作品は、実際に障がいがあるお子さんの保護者さんたちの、肩の荷を少しでも下ろせたらという想いで作っていたので、嘘が極力少ないものにしたいねと話していたんです。映画を盛り上げるために、頑張る姿を描けば、それは感動物語になるかもしれないけど、それをせずに、日常は続いていくということを大事にしたかったんです」
■実際に今回、自閉症の役を演じるということで、当事者の方達とお会いしたとお聞きしました。そこではどんなものを感じましたか?
「僕はグループホームを訪れただけでなく、監督からたくさんのドキュメンタリーを見させていただいたんです。それまでは、正直な話、自閉症の方と接点がなかったので、同じバスに乗り合わせて、大声を出している姿を見て、どこか怖いと思ってしまっていたんですよね。でも、しっかりと自閉症の特性を知ると、やみくもに暴れているわけでも、危害を加えているわけでもないんです。ただ、自分の上手くいかないフラストレーションが発端となり、喜怒哀楽が強くなってしまっているんです。その感覚が分かってからは、見方がガラッと変わりました」
知らないことが、怖さに繋がってしまう
■知ると、知らないとでは、まったく違いますよね。
「本当に、そう思います。この映画でも、子どもはすごくすんなりと受け止めて、話したり、遊んだりするんです。でも、大人はどこか決めつけてしまうんですよね。知らないから、怖さに繋がってしまう」
■たしかに、ヘルプマークが普及し始めて、少しだけ障がいを持つ子供たちへの見方も変わった気がします。
「たしかに、“ちょっと違う”と思った時に、それがあると納得するときもありますよね」
■さらに、映画の中で、お母さんは、塚地さんが演じる忠さんに対して、“この街の有名人になりなさい”というフレーズがありましたよね。障がい児の母親として、本当にそれを心から思っていたのでものすごく共感しました。
「そこは本当に伝えたかったことだと監督がおっしゃっていて。みんなが知っているということが、忠さんの未来へと繋がっていくんです。監督が以前、編集に携わったドキュメンタリーでは、自閉症の方が、近隣の方とうまくやれなくて、絶対にカットしてほしいというお願いがあったそうなんです。この映画でも、近隣の方達とのリアルなやり取りなどもしっかりと描いているので、感じるものがあれば、嬉しいです」
物語ではなく、日常をつづった作品
■加賀まりこさんと親子を演じてみていかがでしたか?
「最初は、本当の所、ものすごく怖かったんです(笑)。でも、初日の顔合わせの時に、グループホームを見学させてもらったんですよね。そこで、職員さんにいろいろ聞いてみてくださいと言っていただいたんです。そこで、記憶したアナウンスをずっと繰り返していることを聞いたりしているうちに、ちょっとしたショックも受けましたし、どんどんプレッシャーを感じたんです。ご本人たちも含め、家族、兄弟の方に見てもらう作品になった時に、果たして僕がちゃんと誤解のないように演じられるのかと、すごく緊張したんですよね。でも、加賀さんに会った時に、最初に「ショック受けるよね」と言ってくれて。というのも、実は加賀さんのパートナーの息子さんも自閉症を抱えていて、いろいろわかっていたんです」
■そうだったんですね。
「それからは、忠さんのルーティーンを辿ることをサポートしてくれたり、食べこぼしをさっと拭いてくれたり、示し合わすわけではなく、完全に親子として接してくれたんです。だからこそ、忠さんは忠さんとしての行動をとるだけでいいと思えたんですよね」
■信頼関係が出来たんですね。
「はい。信頼もありながらも、自分が決めた日常を過ごすことが大事だと思って、演じました」
当事者の方はもちろん、家族がいるすべての人に共感してもらえる作品
■近隣の方とのトラブルや、心の近づけ方などもものすごくリアルな描写でしたが、実際に演じてみて心境の変化もあったのではないでしょうか。
「そうですね。近くに自閉症の方や、ハンデのある方がいるだけで、理解する気持ちが変わってくると思うんです。僕なんて、忠さんを演じているからこそ、忠さんに対して優しくなれるということもわかるけど、近づいたらより理解できるということもすごく感じていて。日常的に、これは人間付き合いとしてやっていることなのに、それがハンデのある人に対してだけ出来ないのも、おかしなことだよなって思ったんです」
■たしかに、そうですよね。
「この作品に出演しなかったら気づかなかったことかもしれないし、そういった方達に話しかけたり、手を差し伸べるようなことはいいことなのか、悪いことなのか、なんなら何かあったらどうしようって一歩踏み込めずにいる人もいると思うんですが、そんな方達の気持ちを変えられるような内容の映画になっているんです。演じていた僕自身、すごく大きな心境の変化があったので、ぜひ見てもらいたいですね」
■パニックなど、どうしても避けられないことがあるからこそ、ただ温かく見守ってもらいたいのが、当事者の母親としての意見なんです。それを、加賀さんが演じるお母さんからすごく感じて、泣いてしまいました。
「嬉しいです。このお芝居は、普段のお芝居とまったく違ったんですよね。いつもなら、相手の空気を読んでセリフを返すんですけど、今回はお互いの距離感を保って、個人として演じているんです。みんなもちろん感情もあって、それぞれの想いをあるけど、そこを共有しているという、お芝居はすごく新鮮でしたが、勉強になりました」
今作に触れて優しくなってもらえたら
■今作を見た方達に、どんなことを感じてもらえたら嬉しいですか?
「自閉症だけでなく、障がいを持っている子の親御さん、ご家族が見て“わかる”とか“”同じ境遇だから私も頑張ろう“と思ってもらえたら一番の理想なんです。それ以前に、親子の絆がしっかりと描かれているからこそ、障がいの有無関係なく、子どもがいる方は共感してもらえると思います。親はこの子よりも先にこの世を去るだろうから、その後残ったこの子は大丈夫だろうかという不安とか、子どもは子どもで、親がひとりで生きていくこととなったら、もし自分が先立ったら大丈夫だろうかとか…。生死を考える年齢の親子が描かれているからこそ、みんな思い当たる節があると思うんですよね。いろんな方に見てもらって、ちょっと優しくなってもらえたら最高かなと思っています」
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【共通テーマ音楽コラム「冬を感じる曲」】
槇原敬之「冬がはじまるよ」
ここまでストレートに言われたら、もう“冬”ですよね(笑)。冬の歌って、切ないものが多いですが、この曲はすごく明るくて、微笑ましいんです。温かい気持ちになるのでぜひ聴いてもらいたいですね。それに、僕は『LIFE!』という番組で『イカ大王体操第2』を槇原さんに作っていただいたんです。それもあって、槇原さんの曲は大好きなんです。これも一緒に聴いてもらえたら嬉しいです(笑)。
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【プロフィール】
■塚地武雅(つかじむが)
1971年11月25日生まれ。大阪府出身。1996年、鈴木拓と共にドランクドラゴンを結成。俳優としても活躍中。近年の主な出演作は、映画『の・ようなもののようなもの』(2016)『高台家の人々』(2016)『屍人荘の殺人』(2019)『嘘八百 京町ロワイヤル』(2020)『樹海村』(2021)など。
公式HP:
http://www.p-jinriki.com/talent/drunkdragon/
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Text ⇒ 吉田可奈
Hair&Make-up ⇒ 森下彩香(ニューメグロ衣裳)
Styling ⇒ 石井織恵
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【MOVIE Information】
映画『梅切らぬバカ』
11月12日(金)より シネスイッチ銀座ほか 全国ロードショー
出演:加賀まりこ 塚地武雅
渡辺いっけい 森口瑤子 斎藤汰鷹
林家正蔵 高島礼子
監督・脚本:和島香太郎
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
文化庁委託事業「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト 2020」長編映画の実地研修完成作品
©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト
公式サイト:https://happinet-phantom.com/umekiranubaka/
公式 Twitter:@umekiranubaka
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